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NE Academy【最終回】
無線センサーネットの活用例 インフラ監視などを実現へ

この記事は、日経エレクトロニクス2014年10月13日号に掲載されたNE Academy「信頼性の高い無線センサーネット構築の勘所」を再構成したものです。禁無断転載

はじめに

現代の日本社会は世界でも有数の安全な社会であり、サービスや製品の品質は極めて高い。それでも、解決しなければならない社会問題は幾つもある。今後進む少子高齢化を受けて顕在化する課題も少なくない。信頼性の高い無線センサーネットワークの構築法を解説してきた本連載の最終回は、こうした問題の解消につながる応用例を示したい。いずれも実証実験などから有用性が実証されつつあるものだ。詳細は明らかにできないものの、米Linear Technology社のDust Networks部門の製品を活用する事例もある。そうした経験も踏まえて、実際に構築可能なシステムを紹介する。

日本社会を襲う少子高齢化は、さまざまな弊害をもたらす。例えば国内市場の縮小に伴い、経済成長はますます輸出に頼るようになる。しかし、家電製品などの大量生産品の製造は既に新興国に移行しており、日本は他国をしのぐ高品質な製品やサービスで勝負せざるを得ない。これまでも強かった電子部品、精密機器、素材などに加えて、注目度が高いのは高効率石炭ガス化発電、上下水道設備、高速鉄道、高度医療機器などの社会インフラである。日本ならではの技術力を発揮して、新興国を中心に大きな市場を開拓できそうだ。

原発の安全性向上に利用

ただし、そのためには乗り越えなければならないハードルがある。2011年3月11日の東日本大震災で大きな被害を受けた原子力発電システムに対する信頼性の回復だ。震災の経験を活かし、さらに安全なシステムを構築・輸出するためにも、福島第一原子力発電所を取り巻く環境の安定化や、既存原発の再稼働は喫緊の課題である。

ここに無線センサーネットワークの出番がある。福島原発の汚染水管理の自動化や、除染によって発生した土砂の中間貯蔵所における長期にわたる管理、既存原発の安全基準クリアのための環境モニタリングなどに使える(表1)。人手を介さずに検査・管理できるセンサーネットワークは、作業員不足や人件費高騰の問題を解決し得る。ネットワークを無線化することで、配線や保守の手間を減らして、適切な場所にセンサーノードを配置することも可能になる。福島原発や停止中の原発で無線センサーネットワークの運用実績を積むことは、日本の原子力発電所自体の競争力向上にもつながるはずだ。

原発の安全性向上に利用

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こうした用途にDust部門の製品が利用するTSMP(Time Synchronized Mesh Protocol)方式が適しているのは、これまでの連載で指摘してきた通りである。原子力発電所に関する各種の監視・管理は、Dust部門の技術を使った米Emerson Electric社の「Smart Wireless」製品群の用途と同様であることも、TSMP方式が向くことを裏付ける。Smart Wireless製品群には、既に30億デバイス時間を超える累積稼働実績がある。

実際にTSMP方式を適用するとしたら、原子力発電所の敷地をカバーするには、数百単位のノードが必要になるだろう。農地のような見通しのよい場所と異なり、多くの建造物や金属製の設備がある場所ではノード間の通信到達距離は短くなるためである。Dust部門の製品を使った場合、通常の市街地での到達距離は地面から1mの高さにノードを設置した場合で50m程度である。原子力発電所のような場所ではさらに短くなる可能性がある。

なお、Dust製品では、1つのネットワークマネジャーが管理するノード(モート*1と呼ぶ)の数は数十程度である。マネジャーとホストアプリケーションとの間をつなぐシリアルポートの通信速度(115kビット/秒)や、マネジャーが管理する通信のタイムスロット数などが制約条件になる。このため、数百のノードを取り扱うためには、複数のマネジャーが管理する複数のネットワークが必要になる。

*1 モート(mote)=Dust Networks部門はネットワークのノードのことをこう呼ぶ。ダストが埃であるのに対し、モートは塵という意味である。

高品質の農作物を輸出産業に

今後、日本が輸出する可能性がある製品に農作物がある。ここにも無線センサーネットワークの活躍の場がある。日本の農業の課題は、非効率で小規模な農家が多いことや、農業就業人口の減少、農業就業者の高齢化などだった。ここに来て、環太平洋経済連携協定(TPP)の締結を目指し、農業の国際競争力を向上する機運が高まっている。もともと日本の農作物の品質は高く、株式会社の参入容易化や農地の集約によって生産の効率化が進めば、農産物の輸出拡大は夢ではない。

生産性向上の鍵の1つは、いわゆる植物工場に代表される農業のIT化である。光、温度、栽培用の水溶液といった環境のあらゆる要素を制御できる植物工場はもとより、温室や屋外の田んぼ・畑まで、環境をセンシングして何らかの制御を施すことが品質向上や収量拡大をもたらす(図1)。ここで、環境のセンシングに無線センサーネットワークを使えば、植物工場で栽培する野菜や果物を変えた時に柔軟に対応できる。温室でも、センサー設置のためのケーブル配線に要する工事費を抑えるために無線ネットワークの活用が有効である。

高品質の農作物を輸出産業に

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田んぼや畑は、植物工場、温室と比べて面積が広く、制御できる対象は、苗植えの時期、施肥の時期と量、農業用水の流入、流出の制御などに限られる。それでも場所によって収量や品質に違いがあり、その要因を明らかにするために無線センサーネットワークが使える。センサーで集めたデータを基にビッグデータ解析で最適な栽培環境を探し出し、次はそれを目標にして制御する仕組みを作り上げればよい。熟練農家の経験と勘を早期に制御システムとして定量化することが、日本の農業の国際競争力を高める上でも必要だろう。

田んぼや畑では障害物が少ないため、無線ネットワークのノード間の無線到達距離は長くなる。地面から1mほど高い場所にノードを置けば、100m程度の到達距離を確保できる。1~2区画の田んぼであれば、設置するノードの数にもよるが1つのマネジャーが管理するネットワークで十分とみられる。ちなみに経験上、Dust部門の製品ではモート間の間隔が30m程度、モートの数は50程度の場合が、ネットワークの構築に最も適している。

上下水道システムの品質を高める

世界市場で勝負できる日本のインフラの1つは上下水道システムである。ただし、改善すべき点は幾つもある。国内で以前に整備された上下水道の中には、振動に弱く、劣化によって破断が発生する箇所が少なくない。下水管にはさまざまなものが流れ込むため、硫化水素が発生して作業員の危険につながったり、交通事故でガソリンが道路に漏れたら下水に流れ込んで引火する危険性もある。

より強く安全な水道インフラを少ない投資コストでつくるために、無線センサーネットワークが貢献できる分野は多い。現在は人間の体に例えると大動脈や大静脈に相当する管路は既にセンサーによってしっかり管理されている。しかし、そこから枝分かれしていく支線や、さらには毛細血管に相当する管路となると、「測りたいけど測れていない」ところが無数にある。漏水や危険なガスの発生を検知するには、こうした隅々までセンサーネットワークを張り巡らせる必要がある。

上下水道システムの品質を高める

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上下水道管を監視する無線センサーネットワークを張り巡らせる場合、まずは地上に無線ノードを設ける必要がある。水道管がある地中では電波が吸収されてしまうためである。ただしノードを地表に置くだけでは、やはり電波がある程度吸収されてしまうため、通信距離を稼げない。

ここで参考になるのは、連載の第2回で取り上げたスマートパーキング*2の例である(図2)。同システムではセンサーを付けた無線ノードを路面に埋め込んでいるが、電波を中継するノードを地表から離れたパーキングメーターや街灯などに設けて、通信距離を確保している。上下水道を監視する無線センサーネットワークでも、同様に地上から高い位置に置いた中継ノードが必要になりそうだ。

高品質な水道システムを提供する上で、浄水場の役割も大きい。日本の水が高い品質を保てる理由が処理能力の高い浄水場であり、その根幹には高性能の水質センサーがある。水質センサーはある分量の不純物を吸収すると性能が低下し、取り換えなければならなくなる。現在は人による定期的な巡回点検により交換時期を見極めているが、今後は自動的に交換時期を検知する方向に進むだろう。これは、水質センサーの劣化の度合いを調べるセンサーの無線ネットワークを張り巡らせることで実現可能である。保守業務の大幅な効率化につながり、水道システムの競争力を高めるはずだ。同様な保守作業の自動化は、水道システム以外のインフラにも広がる可能性が高い。

*2 スマートパーキング=駐車場の空き状況をセンサーでリアルタイムに把握し、運転者がスマートフォンなどを使って空きのある駐車場を容易に探せるようにするシステム。米国ではロサンゼルスやニューヨークでDust部門の技術を使ったシステムが稼働している。